atoiuma’s blog

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文化人類学がおもしろい

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前回参加したトークショーで、文化人類学者の小川さやかさんに関心を持った。是非とも著書を!ということで、最新作の「チョンキンマンションのボスは知っている」じゃなくて、一つ前の著書、「その日暮らし」の人類学を読んだ。いや、そりゃ最新作が読みたいけれど、お財布事情が色々あるのだ。現実は厳しい。

 

チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

 

 これが最新作。いつか読む。

 

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

 

 今回読んだのは、この本。

  

まず驚いたのは、文体の硬さ。いやいや、小川さんは文化人類学者であり、大学院の教授である。そりゃ論文も書くし、アカデミックな文体になるのも当然のことだ。ただ、トークショーでのキャラクターがとてもフランクだったこともあって、なんとなく柔らかい読み物なのかなと思っていたのでギャップがあった。読み終えられるのかなと不安になりながら、無い頭を絞って読んだ。そしたら、すごく面白かった。

 

 

さてさて、そもそも、文化人類学って何だろう。

 

文化人類学はこの世界に存在する、わたしたちとは異なる生き方とそれを支える知恵やしくみ、人間関係を明らかにする学問である。わたしたちの社会や文化、経済それ自体を直接的に評価・批評するよりも、異なる論理・しかたで確かに動いている世界を開示することで、わたしたちの社会や文化を逆照射し、自問させるという少々回りくどい方法を採る学問ともいえる。                        p25

 

なるほど、ざっくり言えば、私たちとは別のシステムで動く世界があって、それを調査して私たちの世界と比べることで色々考えようという学問か。海外に行って日本との違いを楽しんでいる私には相性がいい気がする。

 

アマゾン民族、ピダハン 

本書には、いくつかの異なる生き方が紹介されている。例えば、ピダハンというアマゾンの民族。彼らには、葬式や結婚式、通過儀礼がない。ありがとうやこんにちはなどの「交感的言語」も、左右の概念も、数の概念も色の名前もない。接体験にしか価値を感じず、過去や未来にも関心を示さない。彼らにとって生きるとは、今を生きることであり、己の力で生きていくことを意味する苦しいことがあったら、ただそれを笑って受け入れる。シンプルすぎてすごい。

 

詳しいことはこの本に。また読みたい本が増えてしまった。

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観

 

 

タンザニアのトングウェ人

タンザニア焼畑農耕民トングウェ人は、できるだけ少ない努力で生活を成り立たせようとしている(最小生計努力)。自分たちが食べる分しか食べ物を生産せず、余剰を作らない。しかし、友人や知り合いが遊びに来たら、しっかりともてなし食事を提供する。すると、もちろん自分たちの分が足りなくなる。贈与と返礼の関係があるので通常は帳消しになるのだが、来客の数やタイミングが決まっているわけではないので、時に自分たちが食べる分が無くなってしまうことがある。その場合は、別の集落に行って食べ物を分けてもらうのだ。こうすることで、「食物の平均化」が行われる。格差が消えていくシステムだ。

 

ここで面白いのが、人々が客人をしっかりもてなすのは、周りからの嫉妬や呪いを避けるためということ。ちゃんと食事を提供しないと、あとで陰口を叩かれたり恨まれたり呪われたりする、それを恐れて食事を分け与えるのだ。なんて息苦しい!

 

そういう世界だと何が起こるか。頑張らないのである。自分が頑張って大量の食べ物を生産したとしよう。しかしそれは、私有財産としてストックされるのではなく、ちゃんと分け与えなければいけないのだ。真面目に働けば働くほど損するシステム。だったら、最低限自分たちが食っていけるだけ生産する方が楽でいい。このシステムを「情の経済」と呼んでいて、アフリカの発展を阻む要因となっているという(今では利他的な道徳傾向として再解釈されているらしい)。

 

インフォーマル経済と香港

 

タンザニアは貧しい国で、サラリーマンや公務員として働いている人たちが少数派。人口の半分以上は、零細自営業として服や雑貨を売ったり、日雇い労働者として生活している。彼らの労働は政府の雇用統計に載っておらず、この経済圏をインフォーマル経と呼び、21世紀に入って中国やアフリカをはじめとする発展途上国間の交易が活発化したことにより規模が拡大。主流派の経済を脅かすもう一つの資本主義として台頭してきている。

 

インフォーマル経済の大きな舞台になっているのが、最近はデモの話題で持ちきりの香港だ。香港は、中国本土よりもビザを取るのが容易、不法労働や売春などの犯罪に寛容で、中国との国境で違法な売買も行われているらしい。つまり、ガバガバ。そこにアフリカ商人をはじめとする世界中の人が集まり、新自由主義的な世界観で騙し騙されの戦いを繰り広げている。かの有名なチョンキンマンションには、稼ぎを求めてツワモノ達が集うらしい。以前一度泊まったことがあるんだけど、特別何も面白いことは起きなかった。1階の入り口でインド人らしき人に馴れ馴れしい勧誘を受けて、ストレスフルなインドを思い出したくらい。やっぱり興味があるので小川さんの新著読みたい。

チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済の人類学

 

 

未来がわからないことがマイナスだとは限らない

タンザニアの人たちの生活は厳しい。就職している人が少ないので、みんな生活が不安定だ。しかし未来がわからないことを、彼らは悲観的には捉えない。家族で収入のバランスをとり、旦那が稼いでいたら奥さんが好きな仕事や思い切った投資を、逆に旦那が無職になったら堅い仕事をしてサバイブする。ジェネラリストとして多くの仕事を経験し、生計多様化戦略を取る。そうやってじっと好機を伺い、ここだと思ったら勝負を賭ける。

 

友人のジョニは、「明後日の計画を立てるより、明日の朝を無事に迎えることの方が大事だ」と語ったが、この言葉は、筋道立った未来を企図することの代わりに、今可能な行為には何にでも挑戦すること、そのためには常に新たな機会に身を開いておき、好機を捉えて、今この時の自分自身の持っている資源をかけていくことを意味している。                               p65

 

このたくましさに刺激を受けた。また、living for today(その日を生きる)スタイルの彼らに、

生きていることからのみ立ち上がってくるような自信と余裕、そして笑いが彼らにはあった。                                                                                                              p217

という点に興味を惹かれた。何かで表彰されなくたって、給料が少なくたって、異性にモテなくたって、就活がうまく行かなくたって、生きていることそれだけで自信を持っていいんだと考えてみると、なんだか愉快な気持ちになってくる。むやみに自分を責めるな、落とすな、しなやかに明るく生きよ。そんなメッセージをもらった気がした。

 

 まとめ

他にも、タンザニア人のネットワーク的生き方とか、私たちは勤労主義と怠け者主義の間で絶えず揺れ動いているとか、貸し借りの話など興味深い話がたくさん出てくる。とても面白かった。

 

文化人類学、いいっすね。 もっと読みたい。

 

これを書いている時点で、ピダハンの本を読んでいる。これがまた面白くて!まだまだ知らない世界がたくさんあるんだなと。感想はまた別の機会で。